仙台七夕祭り

バスツアーに参加したのですが、片道6時間!!だったのです。往復だと約12時間で、半日をバスで過ごしました(涙)。そして、祭りの見学時間が4時間…。こんなんだったら、自分のペースで行動できる車で行ったほうがよかったかなぁ…と話していたけど、バスでもおやつを食べたり昼寝したりで、みんなまんざらでもない感じでした。

仙台の街は、商店街を中心に美しい笹飾りで彩られていました。

相方は七夕について知らなかったので、織姫と彦星のロマンスについて話たんだけど、ちゃんと伝わったかな?(写真は相方と妹)大きな飾りを見て感銘を受けてました。七夕物語は誰もが知っているけど、日本での七夕祭りはこんな風に始まったようです。
本来、日本の七夕まつりは、瑞穂国の日本民族とともに、古い時代から、農を主体とした人間生活に密着しながら、複雑な合成過程を経てきたものです。
「七夕」という外来の中国語を、「たなばた」と日本語読みしていることが、いかに古くから「たなばた」の本体があったかを示しています。「たなばた」という日本古来の民俗信仰を母体としながら、その中から盆行事の部分が抽出され、更に中国の技芸上達を願う乞巧奠(きっこうてん)という星祭の行事が合体し、ミックスされたのです。
わが国では、毎年2回、年の始めと7月の満月になる日、すなわち旧暦の正月と7月の15日は、祖霊(それい)を祀る最高潮の日とされていました。正月の七草の日と、7月7日とは15日の祖霊の大祭の準備に入る斉日(いわいび)でした。
旧暦の7月7日頃は、丁度稲が開花期に入るとともに、風水害や病虫害の襲いかかってくる季節でした。秋の豊作を祈るには、ただ一筋に神々にすがる以外に手だてはなかったのです。田の神は、万能の祖霊の変化したものであると信じていました。7日の早朝、人々は禊(みそぎ)をして心身を清め、祖霊を祭るお盆の行事に入ったのでした。これが、農耕文化とともに始まった七夕の起原です。
日を定めて帰って来る祖霊(神)に、海山の幸(さち)を供え、新しく織った御衣(ぎょい)を捧げました。この御衣は、選ばれた乙女「棚機女」(たなばたつめ)たちが、沼や川や海の清らかなほとりに特設した機屋(はたや)の「棚機」(たなばた)で、その日のために、心をこめて織り上げたものでした。「たなばた」の語は、この「棚機女」、「棚機」から生じたものであります。 現在、葉竹にさげる紙衣(かみごろも)も、女子の針仕事の上達を願う意味だけでなく、神に捧げる御衣の意味をもつものです。
―仙台七夕祭りのウェブサイトより

飾り物について。(クリックすると大きくなります)

中にはこんなお願い事が…。
将来はタバコ吸ってほしくないなぁ〜。相方のタバコをどうやってやめさせようかと、いつもいつも思っているけど、彼は「タバコは大好きだから、辞めるつもりはない!!」と堂々と公言してる始末…。やれやれ。

ブログ初登場!の私の家族です。妹2人と母。
妹(右)の手に持っているのは、仙台の地ビール伊達政宗。とってもおいしくて、相方は「これはぜひギリシャに紹介したい!!」だって。

お団子やかまぼこなどの屋台を巡り、おいしいものを食べてお腹がいっぱいになったところで、ぶらぶらと歩きながら飾り眺めていました(つい、屋台へ先に目が行ってしまう私は、どこへ行っても「花より団子」です…)。

このひらがな、最初に見たときすぐに、分からなかったけど歌の歌詞。きらきらしていて、きれいでした!

(クリックすると大きくなります)
歩いている途中、ふと入った細い路地。
時間が止まったような雰囲気で、小さなお店がたくさんならんでいました。

お祭り見学の後またバスに乗り、私と相方は私の実家で泊まることにしました。こんなふうにみんなで集まってどこかへ行く機会はめったにないので、とても楽しかったです♪

この後も、夏の思い出が続きます。。。